歌集「即興と色調」

(1998.3.1携出)

          

○春の三首<S58.5.8>

 春日なる古里の家(え)に佇めば 若葉緑に空淡き青

 なにもかも和みてゆかし春の日よ 薫風吹きておもひ流るゝ

 われひとり歩める途は滾り落つ 春の光の泪(なみだ)とぞ見ゆ

 

○古里二首<S58.5.8>

 ふるさとを 去らんと庭面(にわも)に 立ちぬれば
       午(ひる)の春陽 (ひかり)の 跡形もなし

 歳月はしずかにひとを変へゆけど 変らざるかな山河草木

 

○田植え三首<S58.6.19>

 田植えゆえ帰れと田舎の声ありて 思い起しぬ 土とわが身と

 かしましく蛙(かわず)鳴くなり 水無月の宵闇ふかく星を払へば

 風潤み 空は湿りて ぬかるみの
     田には終日(ひねもす) 苗植ゆるひと

 

○恋題二首<S58.6.19>

 阿蘇山の宿に泊せば 恋おもふ女(ひと)もなくして涼しこの胸

 汝(なれ)をただ 愛さんとのみ おもひける
          あの稚(わか)き日の 熱き陽炎

 

○梅雨の六首<S58>

 文月の空に向かひて 白川の水面しづかに陽射し返せる

 今日もまた憩へる河岸(かし)の公園に 洗ふがごとき風の吹きゆく

 野をゆけど山をゆけども わが心 つゆも迷はじ 途ひとつなれば

 梅雨の日の白川の河岸(かし)に佇めば 水嵩増して黒き波立つ

 白川の濁りて速き河の辺に 釣糸垂れし客の見ゆらむ

 ひさかたの梅雨の切れ間の眩しさを 避けて憩へる岸辺の木蔭

 

○夏の三首<S58.8.31>

 金色(こんじき)の 滾(たぎ)れる夏の 陽光(ひかり)にも
           ほのかに秋の 風ぞ匂ひぬ

 わがみ魂 かぎろひてただ移ろひぬ あまき香の満つ君がみ胸に

 鄙里は 渝(か)わりにけりな 胸ふたぎ
     眸(ひとみ)鎖(と)ずれば 遠き故郷(ふるさと)

 

○夏から秋にかけて八首<S58>

 われはただ生きてあるなり 古里の草木のごとく慎ましやかに

 夏の夜の闇を払ひてほとばしる 線香花火の光清(すが)しき

 幼な児の悦び持てる花火こそ 無明を照らす無垢の灯(あかり)か

 人生の佳境に足を踏み入れし 吾を待てるは魂濁の世ぞ

 わが胸に密かに軋む痛みあり 闇に踞(くぐ)まるその影は死か

 天は澄み雲はかそけき秋の日に 涼風しみて思ひ乱るる

 秋を吹く風のごとくにしみじみと 流れて果てよ わが魂は

 秋晴れの 下(もと)に遊べる 愛(は)しき子の
      眸(ひとみ)澄みたり あの空のごと

 

○秋の二句<S58>

 おおどかに 稔れる秋ぞ 庄の里

 肌の気に 涼しさありて 秋の暮れ

 

○冬の二首<S59.2.17>

 一条(ひとすじ)に歌に託して 独りなるわが魂を天に放たん

 如月の風寒かれど見遥かす天空(そら)に影なし 春は光れり

 

○早春の二首<S59.3.24>

 水鳥の 羽をやすめる 影黒く 
     江津湖の水面(みなも)に 没り陽(いりひ)燃えたつ

 

○五月の一首<S59.5.24>

 早朝(はやあさ)の 斜に零るる 五月陽に
           浴して啼(な)ける 鴬の声

 

○初夏の三首<S59.7.21>

 酷熱の陽差しを避けて パラソルをさせる石南花 夏の貴婦人

 ふるさとの 水は清けり 外(と)に出(いで)て
       愛車洗い洗ひぬ 夏も洗ひぬ

 田舎家に帰ればゆかし 夏の夜の盆提灯に精霊(しょうろ)憩ひぬ

 

○盛夏の三首<S59.7.25>

 潺(せせらぎ)を 子守歌にと 居寝にける
          番所の郷(さと)の 夏ぞ涼しき

 わが郷(さと)のさらなる奥の渓谷の優しかりけり 夏の微笑

 一言の挨拶もなくわが肩に 訪(とぶら)ひ来たるオンヅ愛らし
   (※オンヅとは小型のクワガタ虫のことで熊本県北部の方言)

 

○相良寺一首<S59.7.25>

 相良寺の水子に祈る二人連れ そっと供えしガラガラひとつ

 

○再び盛夏の三首<S59.7.30>

 吾ひとと 離(か)れて移ろふ 現世(うつつよ)の
      流るる時を 塞(せ)く術もなし

 灼きつくる 夏陽(なつひ)にひとり 身を晒し
       歩める影の 寂しかりけり

 見遥かす西の彼方の有明の 海に融け入る空の果てかな

 

○三たび盛夏の三首<S59.8.7>

 滔滔と 晧(しろ)き水噴く 通潤の
     飛沫(しぶき)に淡し 虹の反り橋

 山籠れる 内大臣の 峡谷に 
      融けて流離(さすら)ふ 和魂(にぎみたま)かな

 ひさびさに 訪(とぶら)ひ来れば 臆(むね)満つる
       八重山垣の 矢部の郷(さと)かも

 

○潮干狩り二首<S59.8.12>

 貝掘りの干潟の泥の温もりて わが蹠(あしうら)を緩く愛せり

 戯れに素足を澪(みお)に遊ばせる 君と二人の潮干狩りかな

 

○浜辺にて一首<S59.8.20>

 砂浜の 火照れる温みを 汝が臆(むね)に
     贈り届けむ 永遠(とわ)の形見に

 

○初秋の二首<S59.9.9>

 わがひとよ 君の辺(べ)にわれ 安らひて
       この時をこそ 遊びいつらめ

 秋雨にしとど濡れにし鄙里は ただ雨垂れの音ぞ哀しき

 

○東京神田にて二首<S59.9.28>

 大いなる東都をふらり彷徨へば 吾も異国の民と思ゆる

 神の田に 入りて終日(ひねもす) 書を刈りぬ
      実りあるかな 若き知の糧

 

○秋の一首<S59.10.13>

 風のごと きみは舞い発つ 鳥なれば
      思ひ沈みて 立ち泥(なず)むのみ

 

○秋たけなわの三首<S59.10.24>

 草木の緑は褪せて秋ふかく 褪せざるはただ吾が思ひなり

 離(か)れてなほ 思ひつのりて 汝が臆(むね)に
          いまひとたびの 愛を夢見む

 温むるひともなきかな 夕暮れて家路たどれる秋の街角

 

○晩秋の一首一句<S59.11.30>

 わが夢の破れてもなほ山河あり 露と消ゆれど草木深し

 独り居て 物語り描く 郷の秋

 

○暮れの二首一句<S59.12.26>

 さはあれど 思ひを堰きて 笑み交はし
       別るるときの 君ぞ愛(かな)しき

 爛漫に笑へる君の声のみが 耳に残りてわれ独りなり

 梅雨のごとそぼ降る雨の師走かな

 

○我が子二首

 我子(あこ)ふたり 父よ遊べと 手を引きて
           馳せし真夏の 碧(あお)き公園

 風船を突きて興じる子等よ子等 我と我が身の心躍りて

 

○母一首

 いちばんの薬は早く春になる ことと病み臥す母を励ます

 

○再び古里二首<H5.8.29>

 古里に帰りて 寝(いぬ)る 仏の間に
        誰(たれ)か居まする その気配こそ

 帰らんと 自動車(くるま)に乗りし わがあとを
      見送る父母の 腰は曲がりて

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