5人の賢者

 朝日新聞の「文化」欄(平成7年9月6〜7日、11〜13日)に掲載されたフランスの5人の賢者に対するインタビューでは、いずれも現代社会の現状(暴力・殺戮・退廃など)に対して悲観的な見解が述べられています。しかし、ただ悲観してなにもしないでいるのではなく、解決の糸口をめざして努力している(積極的に発言している)ところに彼らの力強さを認めます。

 

 (1) ファン・ゴイティソーロ(作家)

※1931年スペイン生まれ。フランコ政権から逃れてフランスに亡命。アルジェリアやボスニヤの混乱の地から優れたルポルタージュを出している。

「社会のあるべき姿えお追求する理念が失われてしまった結果、世界はひび割れたような状態になり、崩壊の危機に直面しています。そのために、不安や恐怖にかられたひとびとが、今度は絶対的な価値に吸い寄せられていくという問題も起きています」

「ベルリンの壁が崩壊した時には、敵意や対立の時代は終わり、人類は大きな広い世界に向かっていくのだという希望がありました。しかし、実際にやってきたのは新しい秩序ではなく、世界の無秩序でした。そこにはさまざまな原因があるわけですが、私は理念を崩壊させようとする動きを軽視し、見過ごしてきたことも大きいと思っています。

「特に重要なのは、旧ユーゴスラビアの問題です。いまでは50万人の犠牲者が出ても国際社会が戦争を止められない。そのことが人間の尊厳や民主主義の理念への失意につながり、世界全体が狂暴化へ進むきっかけをつくってしまったのです」

「いま必要なのは、歴史の時間の意味をもう一度考えることだと思っています。歴史というのは、必ずしも直線上に時間が流れているわけではない。人間にとって本当に大切なものというのは年代や時間の流れに関係なく、いつの時代にもあり、そして、それは現在ともつながっているのです」

「いま、ひとびとは先が見えないことの不安にとらわれていますが、古い文化の中にある輝かしい感受性や人間の豊かさ。そうした歴史や文化をしっかり学べば、未来について不安や恐怖を抱く必要はなくなるはずです。過去に対する記憶の喪失が、倦怠と無気力の状況を生み出してしている。だからこそ、現在の困難に立ち向かうためにも、過去を学び、検証することが必要なのです」

 

 (2) ジャック・デリダ(哲学者)

※1930年アルジェリア生まれ。西欧哲学の批判と解体をめざす「脱構築」理論で注目を浴びた。昨年発足した「国際作家会議」では中心メンバーとして発言している。

「現在の混迷の背景には大きく三つの重要な点があると思っています。一つは民族の自決の主張にしても文化の同質化への抵抗にしても、そうした原理そのものは間違っているとはいえないのに、それがひとたび紛争の形をとったとき、な倒錯的な暴力を引き起こすのかという問題です」

「二つめは、民主主義が世界的に大きな危機に直面しているのはなぜなのかということです。さらにもう一つ重要だと思っているのは、現代の科学技術が人間の場所への根付きを希薄にしているという問題です。つまり、だれもが大地から引きはがされていくように自分の場所が失われていくという気分や居心地の悪さを感じている。そうした不安がさまざまな問題の背後にあるのです」

「宗教的な原理主義やオカルティズムや歯止めのない暴力といったものは、たしかにやみを連想させます。しかし、問題は、その原始的な闇というのは、科学技術の光の世界を否定して現れているのではないということです。むしろ闇は科学と結びつき、科学をも取りこんでいる。一方に啓蒙の光があって、一方に無知の闇があるという図式ではないのです」

「科学技術それ自体が闇と無縁ではない。日本のサリン事件は今日の世界のどこで起きてもおかしくないということです。サリン事件は世界の暴力のモデルを変えた出来事だと見ています。新しい目に見えない暴力対しては、精緻にできている現代社会は無力です。そして、闇の側がこれまで以上に科学技術によって武装している。いまや核のエネルギーさえも、だれもコントロールできないものになろうとしているという危険があるのです」

「科学者が非合理の世界に誘惑される動機はよく理解できます。一つは、科学はどんなに進歩しても、未来については答えてくれないという問題です。未来というのは科学で計算や予測できる範囲にはないからです。もう一つ、遺伝子工学のような新しい科学の世界が、人間の文化の根底を揺り動かしているという問題もあります」

「人間とは何か、生命や死とは何か。生命の根本に関わる問題が提起されているのに、科学がそうした問いには答えられないことも、原始的な世界への誘惑につながっているのです。だから、必要なのは科学よりもむしろ科学批判だと考えています。そして人間は何かという問題に答えるためにも、文学や哲学の役割はますます大きくなっています」

                        

 (3) レイラ・セバール(作家)

※1041年アルジェリア生まれ。アルジェリア人の父とフランス人の母の間に生まれ、独立戦争のなかで育つ。40歳で作家としてデビュー。

「科学の知は古くから人類にとっての普遍的な原理を見いだそうとしてきたわけで、そこには文明への省察や批判があったはずです。だからひとびとは科学に信頼をおいてきたのです。その科学が今日、なぜ暴力やオカルトの土壌になっているのか。それは非常に重要で本質的な問題だと思います」

「それに答えるのは難しいのですが、一つには、今日の科学技術が人間の身の回りの世界を肌で感じ取るための感受性や現実感を失わせているという問題があると思います。もう一つは、科学的な思考というのは、もともと世界の体系やシステムを解明しようとする情熱に支えられているものだということです。だから、世界のすべてをつかんでいると公言する教祖へのあこがれや、絶対的な価値が忍びこみやすいのです」

「さらに核兵器や軍事技術など、二十世紀の科学が戦争と結びついて進歩してきたという問題もあります。核のような大量破壊兵器を研究する科学者にとっては、人間は魂のないものとして扱われてきたのです」

「人間の豊かな感受性や創造的な感性を磨き、精神の問題を考えるのは文学や哲学の役割なのですが、そうした文化が軽視されているという問題もあります。TVが文化の代りをしている社会では、文学や芸術のようなものは社会のすみに押しやられている。そして、感受性とは無縁な科学技術の空間が肥大化した結果、今度はそこで失われた精神性を、ゆがんだ形で満たそうとする動きが起きているのです」

「私も言葉や文学に何かを期待し、その可能性を信じたいと、心から願っています。でも目の前で人間が殺されている状況を前にしては、それに対抗する有力な力が文学や芸術にないことを認めなければなりません。もちろん、それでも私たちは人間の権利を守っていくための場をつくる努力は続けなければならない。しかし、その努力は非常に孤立したものです」

  

 (4) ジャン・フランソワ・リオタール(哲学者)

※1924年フランス生まれ。急進的なマルクス主義から出発し、時代とともに知的遍歴を重ねた哲学者として知られる。

「表面的には無秩序や混沌に向かっているように見える現代の社会は、実際には確固としたシステムの秩序に支配されているというのが私の考えです。しかも、対抗するものと考えられてきたマルクス主義的なユートピアが失われた結果、このシステム自体は、ますます強固になっている。そのことこそが問題なのです」

「現在の世界をおおうシステムは、より多く効率的に生産し、より多く消費するという原理に支配されています。しかも、このシステムはモノや情報だけでなく、個人の私生活や文化、さらに人間の感情といった分野までを支配するようになっている。その意味では資本主義のさらに先をいくものなのです」

「個人の努力や意思によってシステムに抵抗したり、逃れることができるというのはあまりにも素朴な考えです。なぜならば、このシステムには、そこから逃れようとする動きまでがすでに予測され、組み込まれているからです。つまり、だれも世界を支配する巨大なシステムと無関係には生きられなくなっているのが現実なのです」

「この巨大なシステムは多くの問題を抱えています。目標の不在ということも、たしかに大きな問題です。人類の歴史で初めて、地球全体をおおう強力な文明が生まれたのに、その文明は人生の意味について答えることができない。それは、もともと現在の文明のシステムが特別な目標というものをもっていないからなのです。しかし、だからといって、それに代わる未来を自分たちの手で取り戻そうという試みは、現実に実行不可能なものです。それは、このシステムは個人の自由のようなものさえもコントロールできるほどに複雑で柔軟だからです」

「たしかに、予測不能な出来事は社会に過剰な反応をひきおこす。しかし、システムは今度はそうした出来事の経験を取り込み、さらに強固なものになっていくのです」

「なぜ善や悪を考えるのが難しい時代になったのか。それは我々の社会が抱える最大の問題です。一つには、コンピュータや情報化による時間の均質化は、善悪の性質を追い払う性格をもっているという問題があります」

「人間の権利を擁護し、人間の尊厳について考えるという大きな仕事は残っている。時代の不安を爆弾や暴力によって解決するのではない道を考える。哲学や知には、まだその知からがあると私は信じています」

 

 (5) ジュリア・クリステヴァ(思想家)

※1941年ブルガリア生まれ。60年代後半から記号論・言語論などの分野で論文を発表し、ポスト構造主義の思想家として脚光を浴びる。精神分析医でもある。

「魂の荒廃は百年前より深刻になっています。現在の混乱はまだ底に達しているわけではなく、一段と激しくなるかもしれない。(その原因の)一つには国家や家族が力を失ったり、崩壊したために、それに代わる何かに自分を同一化したいという帰属の欲求が強まっていることがあります。宗教的な集団に自己を同一化しようとしたり、極右への同一化の動き、さらに世界各地での過激な民族主義の台頭にも同じ背景があります」

「行き場のない気分をもつ若者が、自分を迎え入れてくれる集団や理想の体系に飛びつくというのはよくあることです。そうした同一化への欲求が、なぜ極端な暴力や破壊の衝動と結びついてしまうのか。そこには現代の社会では、現実と虚構の境界があいまいになっているという問題もあると思います」

「現実と空想の境界を設定するのは禁止という行為で、何が禁止されているのかを教える役割は象徴的な意味での父親が担ってきたものです。伝統的な宗教も、すべてこの禁止を中心に成り立っています。ところが現代の社会ではその禁止の目印があいまいになっている。目印が父親とともに失われ、強い禁止の力が消えてしまったのです」

「人の心の中には、もともと悪が潜んでいるものです。人間はさまざまな欲望や憎悪の感情や死の衝動をいつも心に抱えている。だからこそ人はいやされ、手当されなければならないのです。この人間の本質は長い間忘れられてきました。ゆがんだ精神を理性の方向に導かなければならないというのが近代の啓蒙思想だったのですが、それがいつの間にか、人間とは理性的なものだという間違った考えに置きかえられてしまったことにも問題があるのです」

「(人間のマイナス面が噴き出している)大きな理由は、欲望や衝動のままに行動することを押しとどめてきた安全ベルトのようなものがはずれてしまったためだと考えています。安全ベルトとは、たとえば伝統的な宗教や、あるいはマルクス主義や第三世界の連帯のようなイデオロギーです。古くからの宗教が力を失い、イデオロギーも崩壊してしまった。そのために、柵から解き放たれたように暴力や憎悪の感情がむきだしになっているのが現在の状況なのです」

「いま求められているのは、一つは自己への回帰で、これは一人一人が心の中のマイナスの部分や否定性を自分で理解し、自己を知る作業で漉。もう一つは集団的な解決方法です。これまでの進歩的な思想は、民族や宗教は過去のものだとして、帰属の問題を過小評価してきました。そうした進歩思想に代わる、人間の心の中にある帰属や同一化への欲求を満たすことができるような新しい思想をつくることがいま求められているのです。それは、若い人たちがいつの時代ももっている反抗の欲求にもこたえるものでなければなりません」

「いま大切なことは、そうした二十一世紀からの新しい未来を開いていくための具体的で知的な作業なのです。いまはまだ可能性がどこにあるか分かりません。新しい思想を求めても失敗に終わるかもしれません。しかし、これから千年の人間のための新しい開かれた思想をつくるために、いまこそ真剣に問いかけをしなければならないのです」

 


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