讀賣新聞に掲載されたゴルバチョフの論説をよんだが、改めてこの人の人間としての偉大さを感じ取った。掲載されたのは、平成7年1月9日と10日の朝刊であるが、その内容についてここに要約しておこう。

<要 旨>

激変した国際関係

 21世紀前夜の国際社会は、新しい「世界政治」を必要としている。新しい「世界政治」とは、国際的な発展過程の管理運営の必要性を説くものだが、実際には、数々の諸利益を意識的に調整しあう形をとるほかないし、それには学術と実地経験から得られた結論と、人類の生存とその民主的な平和的発展にとって不可欠と認められている価値観とを基礎にせざるを得ない。
 自分の場合を例にとると、ペレストロイカ(立て直し)とグラスノスチ(情報公開)により、民主主義への発展を見た。また、「新思考」哲学に基づく外交政策によって「冷戦」が終結した。世界は変った。だからといって簡単になったわけではない。

紛争拡大の阻止

 実行のある真の「世界政治」の実現にあっての第1の優先課題は、相互依存関係の基本的意義を深く認識することである。現在の歴史的新段階では、民族ないし地球の重要な動きは全地球的な枠組みのなかに組み込まれざるを得ない。

消えぬ核の危険

 次の優先課題は、核の危険である。具体的な核軍縮措置を順をおって実施する必要がある。それは次のような措置である。
 1 米露の核兵器の大幅削減。これに他の核保有国も加える。
 2 軍事用プルトニウムの生産を中止。
 3 核実験を全面的に禁止。
 4 国際原子力機関(IAEA)の機能強化と兵器のみならずあらゆる物質に対する強制的検証権限を付与する。
 5 1995年の核拡散防止条約の再検討会議で、有効期限の大幅延長と集成を進める。
 核抑止力によらないでも、今後新しい構造の国際関係が成立し、加えて民主主義諸国が新世代の通常兵器の分野で全面的な優位を確立すれば、必要な保証は確保できると考える。

「環境警察」の必要性

 自然環境面の至上課題。最も緊急を要する課題として、以下の点を挙げる。
 1 国連および各国政府レベルで国際自然環境法を採択する。
 2 国連で承認された環境保護基準の遵守状況の環視にあたる機構を超国家的なエコロジー警察の形で、各地域の安全保障体制内に設置する。
 3 すべての国の国民教育の前段階にエコロジー教育を導入する。

地球の限界

 専門家の予測によると、世界の人口は現在の成長率でいくと、2050年には150億に達するという。国連の国際人口・開発会議で世界の人口増加を制御する計画はすでに作成され、来世紀半ば現在で約80億を人口増加の限界としている。
 全世界の政治イデオロギーの対決の終了後、南北問題は最大の対立と化すおそれがある。現在、その問題を最も鮮明に浮き彫りにしているのが、移住民と避難民の流れである。豊かな国(受け入れる側の国)の側はこれに対して態度をますます厳しくしている。貧富の格差が全世界的な規模で再現されており、世界共同体の組織的な共同行動が必要になっている。

社会正義の原理

 社会の道徳的健全化。今やホモサピエンスの退廃、人間の非人間化が始まっている。20世紀は道徳の恐るべき堕落をもたらした。文化の商業化は文化水準の全面的低下を招き、人間性よりも人間の本能に訴えるような文化を繁栄させている。
 今や人間の精神的、道徳的基礎をあくまで守り抜くべきときがきた。これに関して以下のことを提案したい。
 1 暴力・退廃崇拝への道を封じるためもっと厳しい法的規制を導入する。
 2 非商業的な芸術・文化全般に国や社会が効果的な援助を行う。
 3 学校教育に「自由と道徳」の科目を導入する。 
 4 社会正義の原理を政策に組み入れる。
 5 政治的腐敗には厳しい措置をとる。
 6 マスコミの役割を検討するため、「賢人会議」を組織する。

「西側の思想」の腐食

 西側世界のイデオロギー的基盤も時代遅れになってきたことがますますはっきりしてきた。世界が一体であることを認める以上は、価値体系を変える必要がある。社会的、精神的存在である人間の本質に備わっている本来の価値観を活性化しなければならない。
 現在の文明的危機から抜け出るためには、世界の発展過程の管理を改善することが必要だ。国際機関(まず第一に国連)の役割を大幅に強化しなければならない。国際法体系全体も刷新する必要がある。

「新たな指針」の必要性

 知性、科学、宗教を通じて人間の向上をはかる諸機関の役割は計り知れないほど高まっている。その役割を担う機関として、最高の権威をもつ学者や公人で政治家としての経験もよく知られた人々から構成される一種の「長老会議」を国連に設置する構想をもっている。
 今日、人間精神の情態がもっとも重要視されるようになった。世界政治も、精神的再生という課題を身近な問題として引き受けなければならない。政治と科学、宗教、道徳の合一こそ、現代の人類が抱える諸問題を解決するカギである。世界共同体は新たな状態に移行するために新しい指針を必要としている。


 ちょっと長くなったが、以上の論旨からもうかがいしれるように、ミハイル・ゴルバチョフという名の20世紀最後の賢人の人類に対する地下水脈のような深い愛情が、この論説のいたるところに噴き出ている。ぼくは、この人の現実を掴み取る力と未来を見透す力、そして高邁すぎるほどの理想を掲げてこの世紀末を先導していく力に対して深く脱帽するとともに、このような希有の偉人がこの大気を(圧倒的大多数の「普通の人々」と同じようにこの大気を)呼吸していることを思うと、心配しなくてもいい、彼のような存在とその意見を尊重する限り、人間はなんとか生き延びていけると確信する。
 しかし、彼の望むような世界共同体の建設をめざして人類が確かな足どりで歩き出すには、早くてもあと50年は待たなくてはならないだろう。世界中に張り巡らされた民生レベルのデジタル通信網の普及と、多くの人々がまるで海外旅行にでも出かけるように宇宙空間に飛びだし、そこから限りなく優しい地球と絶対的な宇宙の暗黒を目の当たりにしたときに、より望ましい世界共同体の建設に着手することだろう。

(※)ゴルバチョフ氏は1996.6.16の大統領選挙で哀れなほどの大敗を喫し、ツァーリの専制体制と共産党の独裁体制しか経験したことのないロシア国民の手によって政治生命を断たれました。彼のたぐい稀な偉大さが地元ロシアで「発見」されるのはおそらく数十年先のことでしょう。

 


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